夕顔の本棚

ここに掲載しているものはフィクションです。苦手な方はご注意ください。

2021-01-27から1日間の記事一覧

[第三話]夕星の約束 一

半ば上の空で先生の長い話に耳を傾けている生徒たち。 放課後を待つ前のめりな気持ちが透けて見えるような乱雑な沈黙を、軽やかな鐘の音が貫く。 先生の話はおそらく終わっていなかったが、この瞬間を待ち侘びていた生徒たちが放課後という時間になだれ込む…

[第二話]春暁の空

翌朝、登校中の僕を眠りに誘おうとしているような、まとわりつくような暖かさの中、僕は重たい脚を懸命に前へ、前へと押し出して歩いていた。 桜の花はすっかり散り、新緑のみずみずしさが真っ青な空に眩しい。 麗かな春の風景に馴染む高校の校舎。 その前に…

[第一話]籠の鳥 三

「ねえ、金指くん。これって、改札?」 「は?」 「本で読んだことがあるの。初めて見るわ」 君を家へ送るのは大変だった。 学校から山皇市まで正反対の方向へ、君はかなりの距離を歩いていたから、徒歩で帰るのはかなり時間がかかる。 そこで電車を使って送…

[第一話]籠の鳥 二

「…神代さん?」 ある日、君の姿は僕の家の近くの橋の上にあった。 その日は、少し汗ばむような春の終わりの太陽に、大陸からの砂を含んだ偏西風が吹く、初夏の陽気だったと思う。 「あなたは…金指くん?」 クラスメイトというだけで、きちんと話したことも…

[第一話]籠の鳥 一

今思い返しても、君ほど大人びた女の子は僕の周りには他にいなかったと思う。 それは君が、夢とか目標とか希望とか、そう言ったキラキラした類のものから一切隔離されて生きてきたからかもしれない。 この世に生を受けた瞬間から、君の人生のすべては決まっ…